0409 そう思える朝があったのだ

朝のご自愛はすこやか/野々井透『棕櫚を燃やす』感想
切実@書店員YouTuber 2023.04.09
誰でも

 こんばんは。切実です。私は早起きが本当に苦手で、今も職場が近いからって9時半始業で8時半に起きたりしています。でも、大学時代は通学に1時間半かかっていて、1限のときなんて絶対に座りたいからって7時前の電車に乗っていたり、新卒で入社した会社は通勤に2時間近くかかっていたので、6時過ぎには家を出たりしていました。必要に迫られたら起きるしかないから起きられるんですが、「早起きしてヨガとか優雅な朝食とか行っちゃお♩」というモチベでは、一度たりとも目覚められたことがありません。

 でも、朝は好きです。起きた瞬間は最悪の気分だけど、通勤通学のときには電車から太陽を反射して輝く川とか見て「わ~」と思えるくらいには心の余裕も出てきます。オーディオブックを聞いたり、一丁前にNewsPicksとか読んで分かった気になったり、そういう自分が好きになっちゃうようなあの気持ち。朝のご自愛はすこやかなんですよね。

 先日、朝イチに銀座へ行く予定がありました。銀座!特別な時にしか降りない場所です。さて、久しぶりの早起き。片道1時間はかかるし、通勤ラッシュの時間帯。大事な予定なので、腹痛や貧血で途中下車は避けたい。そう思って7時ちょっとくらいに家を出て驚いたのは、いつも空気が違うということ。なんだかスッと澄み渡るような、「今日なんかいいことありそう!」という予感を乗せた春風が私の頬を撫でました。家の近くのスーパーの桜の花びらが舞って祝福の紙吹雪のように見えました。朝ってこんなきれいだったのか!そして、私は朝にこんなことを感じ入れるくらいに余裕があるのか!と、二重の喜びがありました。

 よく晴れてあたたかな春だったから、そう思えた可能性は大いにありますが。これからは、休みの日に早く起きてスタバに行ってちょっとゆっくりしてみようかな、帰ってきてから二度寝したっていいと思えば、やれそうな気がします。皆さんのお気に入りの朝の過ごし方を教えてください🌸

野々井透『棕櫚を燃やす』感想

父のからだに、なにかが棲んでいる――。姉妹と父に残された時間は一年。その日々は静かで温かく、そして危うい。第38回太宰治賞受賞作と書き下ろし作品を収録。
筑摩書房HP

 ちょっと良すぎたかもしれないです。何者かに体を蝕まれていく父と、娘の春野(主人公)と澄香(妹)が三人が過ごす父が死ぬまでの一年間の話です。

 なにがどう良かったかって言語化するのがちょっとむずかしくて、でも読み終わってすぐにこの感情を書き残しておきたくて、今こうして画面に向かっているんですけど、どうしようなにを書けるだろう。

 文章がね、まずとても好きなんです。物語の中でよく事象が列挙されるんだけど、そのときに並ぶ情景の鮮明さとやわらかさが、ああそうなんだそうやって世界をまなざすんですねってあたたかい気持ちになります。わたしは、日常のなかの取るに足らないものをつまみ上げて並べるような表現が好きなんですよね。たとえば、市役所のスローガンとか、月極駐車場のフェンスに乗っけられた片方の手袋とか、そういう見落とされているものたちの哀愁ごと並べられてるの、たぶんそういうものたちを見ている人のことが好きなんですね、わたしは。

 なにかに奪われかかっている父の変わりゆく様子が描かれるたびに、主人公の春野の「むるむる」した感覚が指先から伝わってわたしの皮膚の内側をそれが蠢くような感覚がありました。でも、そういった嫌悪感だけではなくて、この清らかな家族の住む家の澄んだ空気を吸うような感覚もあって、それがすごくふしぎで心地よく、この家族がずっと穏やかに守られて暮らしていくところを読んでいたいと思いました。

 物語の本筋とはずれるんですが、春野が妹の澄香に過去の恋愛について話すところが、わたしは一番好きでした。

何度かそのひとと話し合って、一緒にいることを終わりにしようと決めた。罵りあった後なのにそのひとが、このまま終わりでいいのかな、と言う声が、ふたりが気持ちを寄せ合わせ、絡めてゆく頃に聴いていた声にあまりにも似ていたものだから、私はわからなくなってしまった。そして、苦しいくらいの気持ちだった頃を思い出す。  もう一度、信じるように彼を見ると、目の前にいるそのひとは、私の全然知らないひとに見えた。遠い、そう思った。彼が、遠かった。知らない場所に、そのひとは立っている。長い指も、そのきれいな形の爪の半月も、好きだった首筋も、見えない。すぐそこにいるのに、もう、いない。もしかしたら、しばらく前から、いなかったのかも知れない。私に向けるそのまなざしで、彼も、私を遠い、と思っているのがわかった。だから、終わりにした。
P58

 切なくてどうしようもなくて、恋愛の終わりってこうかもしれないって深いところで思っていたことが言語化されていた部分です。どうして別れる時ってあんなに他人に見えるんでしょうね。一番と言っていいほどに近くにいた人が、これから一番遠くなるという事実を受け入れるために、他人だと認識させることで痛みを軽減させているんでしょうか。本当はずっと他人のままなのに。ま、ここは話の本筋じゃないのでこれ以上掘り下げませんが。

 さて、この父は、家族はどうやって「一年」を過ごしていくのか。ぜひ皆さんもこの家族の過ごした日々を見届けていただけたらと思います。ほんとうに素敵な話でした。今年のベストに入ります。

***

 今週も最後までお読みいただきありがとうございます。動画を撮ったり編集したりする余裕はなかなかありませんが、ニュースレターを書く時間だけはちゃんと取っていきたいなと思っています。今後も続けていきたい発信です。OLとしてのわたしの日常×読書についての、「共感」を書いていけたらと思っています。「情報」ではなくね。このレターには返信の機能があります。よかったら皆さんも、日記を兼ねて私にお手紙を書いてみてはくださいませんか?返信のお約束はできませんが、楽しみに読みたいと思います。それでは、また来週のレターでお会いしましょう。以上、切実でした。

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